ドライブが趣味ですが苦手な路線がある首都高は全集中で運転。ナビが早め早めに案内してくれるといいのですがクネクネ道の首都高はやっぱり判断が難しい。無事に首都高を降りるとホッとします。久しぶりのみなとみらいをぐるりと周ると、あれ?こんな建物あったっけ?と変化に気づき、ランドマークタワーの展望台に上がってみたのは約20年振りのこと。
目まぐるしく変化するのは東京だけでなく横浜もずいぶん変わり、お決まりではあるけど、自分の年齢を考えるとそりゃそうだとすぐに納得。子だくさん母さんになりたいと言っていた横浜のあの子は今も元気で過ごしているだろうかなんて昔を思い出したり。
受験シーズン。
中学三年になる甥っ子はテレビの前に座りお笑い番組やドラマをつけ、手元にはスマホでYouTubeを流し、堂々とゲーム機を並べ問題集を解いている。よく見るとイヤホンまでしてライブに行くほどすきなセカオワの曲を流し、この方が集中できるのだと言う。
これがなんと学年トップの成績なのだからびっくり仰天!聞けば、ぜんぶ楽しいのだとか。
さて、2月も半ば。
我が家は小さな決断をしました。
NeedsTokyo立ち上げからいろいろな場所で過ごしてきた娘。いつもニコニコ顔で手を振るご機嫌さん。背中からはみ出す大きなリュックを背負いアフタースクールに通う姿は胸が締め付けられる思いで必死に仕事を進めてきました。
その時々の先生方や学校や学童でも優しさがピカイチでいつも自然と友だちが寄ってくると言われ、本当によくがんばってるんだなと彼女の才能を誇りに思ったり、私はどちらかと言うと厳しく接してしまうため、彼女の優しさはどんなに睡眠時間の少ない日でもまあるい心で接してきた主人のおかげだなと感謝しています。
時には周囲への優しさを優先して自分は我慢しているように見受けられることもあると先生方に心配されることもあり、これは私の責任ではないかと悩んだ日もありました。
小さな子育てと自分の仕事の立ち上げが重なり数年間は一日を終えることで精一杯でしたが、今では進んで何か手伝うことない?と言ってくれたり、立派におつかいにも行けて、私がいなくてもきちんと挨拶できるようになって。
コロナ前まではうしろ姿を見て学んでほしいとどこかで思っていましたが、予想以上に長引くコロナ禍で考えたのは、母って?働くって?子育てって?揺らぐ足元を今一度確認することでした。その中で答えが出たのは、きっと人生で濃い子育て期間はあっという間だろうということ。
ならば、今こそ働き方を変えるチャンスだと新たに動きはじめ、ようやく道筋が見えてきたこの頃、春からは学童を利用しない選択がようやくできました。
2歳から続いたアフタースクール、
やっとこの春、卒業です。
本当に本当に今までよくがんばった~
ありがとう~と抱きしめてあげたいです。
NeedsTokyoでもよく話題になりますが、子育てのゴールは子どもの自立。
生きるための料理、気持ちよく暮らすための片付けや掃除、迷ったときの整理術、お金の大切さ、後回しにしない習慣、得意の見つけかた、依存しない生き方、素直であること、それは机に向かって学ぶことではないですが、どれも幸せに生きる術として大事だと思います。
この春、親元を離れ旅立つお子様もいるでしょう。
いつかわたしも「親を超えろ〜行ってこ〜い!」と背中を押してあげられるようになっていたいと思います。
それでは、また